東京安全鴉

素晴らしき日々

緒方智絵里ちゃんがお薬でダメになる話

 

https://twitter.com/tismzcookie/status/879971002851115008

深く考えるのはやめました。

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ブーンという音がしたので見てみるとゴキブリがいた。ケチャップのついた背中が赤黒く光っており、空き缶の中でカサカサと動いている。 

天井の光をすべて吸い込む黒いテーブルに、無造作に果物ナイフと注射器が置いてあった。ナイフには腐りかけた桃がこびりついて、注射器の針は錆びており、薬液も黒ずんでいる。そして、それらをうつろな目で眺める少女が一人。

「これが…最後の一本なんだよね…」

注射器を手に取る少女の思考は吐瀉物のようにぐちゃぐちゃになっており、独り言を漏らす呂律はうまく回っていない。

馴れた手つきで針を刺す。雪のように白かった肌には過度の注射により痣ができていたが、それが不思議と美しく思えた。

薬液が体液と混ざり、己の思考もそのまま溶けるかのような錯覚を覚える。

少女の目にはもう何も映っていない。

時計は午後11時を指している。

ゴキブリはどこかへ姿を消していた。

 

 

 

 

 

    四葉のクローバーが好きでした。

 最初は、友達から見つけたら幸せになれると聞いておまじない程度に集めていました。両親が共働きで忙しく、家族全員揃ってもあまり会話をしない家庭に寂しさを感じていたのです。

  見つけられる確率が一万分の一とも、十万分の一ともいわれている四葉のクローバー。初めて近所の公園で見つけたときは嬉しくて、砂で汚れた服も気にせずにまっさきに両親に報告しました。すると、両親が珍しく笑って楽しそうにしたのです。

 幼い子供が自分たちの為に四葉のクローバーを集めたのが微笑ましかったのでしょう。楽しそうに笑う両親を見て私も嬉しくなりました。そして、両親は私にプレゼントをくれました。

「これは…ネックレス?…四葉のクローバーの…」

 その日から、ネックレスは宝物になり、私は肌身離さず身に着けるようになりました。私に幸福を与えてくれると信じて。

 ネックレスのお蔭からか、上京してすぐにかなこちゃんというお友達もできました。

 かなこちゃんはお菓子をつくるのがとても上手です。

 お菓子作りが得意で、とっても優しい娘で、私は彼女に一種の憧れに似た感情をも抱いていました。

 杏ちゃんとも仲良くなりました。きっかけはかなこちゃんと、杏ちゃんと、私でCANDY ISLANDというユニットを一緒に組んだこと…だった気がします。

 杏ちゃんはいつも怠そうにしていますがとても器用で、実際は皆のことを常に思ってくれています。

 そんな三人でお仕事を頑張っていたのですがある日、アシスタントリポーターの仕事をかなこちゃんと二人でしなければならない時がありました。なんでも、杏ちゃんは別のコーナーに引き抜かれたとかで。

 初めての二人でのお仕事、ガチガチに緊張してしまい、途中で収録がストップする事態にまでなりました。

 いつも私を励ましてくれるかなこちゃんを今度は私が支えるときだ──そう、思いました。けど、体が震えるのです。余計なことを言ったらどうしよう。落ち込ませちゃったらどうしよう。それに、当の本人である私も緊張していました。

 今にも泣きそうなかなこちゃん、困り果てたディレクターの方々に謝り続けるプロデューサー、未だになにもすることができない私。

 このままでは初めての二人でのお仕事が台無しに…そう思った矢先に、突然KBYDの三人が励ましに来てくれたのです。

 三人に何を言われたのかはもう覚えていません。ただ、収録が続行できるという安堵とまた何もできなかった自分を責める気持ちだけが残りました。

 これが最初のきっかけだったと思います。けれどよく考えると別に始まりというわけでもなかった気もしてきます。

 家庭は崩壊寸前で、そんな家が嫌で半ば家出のように上京して、アイドルを目指して、それでもうまくいかなくて…

 アイドルの意味を知ってますか?『偶像』だそうです。飛鳥ちゃんが得意げに教えてくれました。

 頑張ろうと思ったアイドルもできなくて。なんて、そもそもいるかいないかもわからない、実在すら危うい私に偶像なんて無理だったんです。

 明らかに様子がおかしくなった私にプロデューサーはお休みをくれました。

 それが確か…三か月前のことだったかな?一か月前?もう日にちも感覚すらなくなってきました。そのお休みの間にかなこちゃんと杏ちゃんが家を訪ねてくれました。手作りのお菓子を持って。

 香ばしい匂いのするマカロンはとてもおいしそうで、すぐに一口もらいました。

 「どう…美味しい?」

 「うん、とっても。」

 嘘をつきました。本当は味を感じなかったのです。いつもなら美味しい筈のマカロンが無味で、サクサクのはずがザラッとした、まるで砂利を食べているような舌触りでした。

 何でこんなものを持ってくるのか…かなこちゃんは何を考えているのだろうと思いましたが、隣の杏ちゃんは美味しそうに食べているので、おかしいのは私の方だと理解できました。

 折角来てもらった二人ですが早々に帰宅してもらい、その日、私は生まれて初めて精神科に行くことになったのです。

 

 

 

 

 

 

精神科医の診察は思ったより適当でした。私はこれでもかと仕事の辛さをぶちまけたのですが、先生は「はいはい」と決まった返事しかよこしません

事務的な会話を済ませ、さっさとお薬をもらって家路につきます。街中を歩いている人間のシャツの白さまでが鬱陶しく思います。

帰宅するとすぐにお薬を飲みました。処方箋にはさまざまな注意書きがありめまいを起こしそうです。

 一日一錠とありましたが、はやくよくなって皆とまたお仕事をしたいなと思い、七錠ほど飲みました。ごくごく。後になって知ったのですが世間ではこのような行為をオーバードース、ODと言うようです。悪いことだけれど違法な薬物を使うよりもよっぽど安全に気持ちよくなれるとかで、世の中には市販薬でODする愛好家たちもいるようです。

 小一時間ほどすると心地よい酩酊感が訪れました。お酒は飲んだことないけど、きっとこんな感じなんだろうな。あらゆる不安が消えて虚脱します。鏡を見ると、口を開いて間抜けな笑みをにこにこと浮かべている自分が居ました。

 こんなに気持ちいいならもっと早くから使えばよかった。でもきっとこの快楽には限界があるんだろうなあ。たくさん飲んだらどうなるんだろう。考えてる時間がもったいないや。さっさと飲まなきゃってあれおかしいないつの間にか全部無くなってるや、確か一か月分くらいはもらってたはずなんだけど。まあ無くなったらまた買えばいいよね。それにしても今日診てもらった先生はあてにならないなあ。はいしか言わないんだもん。そんなの誰だってできるよ。

 もういいや、欲しいのはお薬だけだしインターネットでも受け取れるよね。ページを開いてポチッと…あれ変なモノ買っちゃった。さっき処方されたお薬とは全然違うやつだ。でもたくさん試した方がいいよね、人生は経験あるのみだし。なになに?受け取り場所と日時?そんなのそんなのどうだっていいよ。ただお薬もらうだけだし。なんだかお腹が減ってきたなあ。ファストフードが食べたいや。加連ちゃんがポテトすきだったよね。それにしてもファストフードってなんだか戯曲のファウストに似てる。時よ止まれ、汝はあまりにも美しい。なんてね。あれ?もうこんな時間?いけない。お薬もらいにいかなきゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 もう全く働いてないのであって、本当にこれでいいの?いいの?私は生きてていいの?なんて自問自答しても答えなんか定かでない今日この頃でして、さあて生きるべきか死ぬべきかどっちでしょうね?そんなのわかりません。わかりたくもないのです。わかってしまうのが恐ろしい恐ろしい恐ろしいのでわかりそうになったら薬を打ちます。私はとにかく薬を打ちます。薬薬薬。早く薬をよこせ。いえ、よこしてください。すみません、えへへ。明日も薬、明後日も薬、いつまでも、死ぬまで薬とロンドを踊りますよ。はははって別に可笑しくありません。まったく可笑しくなんかないんだ。私はもうちょっと自分の事に関して真剣になった方がいいと思うのですよ。まず私が私の事に真剣にならなきゃ誰も真剣になってくれなくて、それって結構寂しいじゃないですか。だから今日からお仕事にちゃんと行きます。私は本気になります。あれ今日からって昨日もお仕事だったような気がしないでもないけどまあいいいか

 そんなこんなで自堕落な生活を送っていた私ですが、先日プロデューサ―と一緒にコンビニに行きました。先日…?一昨日だったかもしれません。一か月前だったかも。よく覚えてないなってのは夜の九時に起きて昼ごろに寝る生活をしていたら一日の感覚なんてなくなってしまいます。空を見ると綺麗な朧月でした。そんなこんなでコンビニに着き適当なものを買います。カップラーメンとおでんです。コンビニのカップラーメンはたまに野良犬みたいな匂いがします。おでんはフタもなにもされてなくてよく見ると小さい埃が浮いていて不潔です。そんな不潔なものを食べる私も不潔です。なんて言いながらもおでんばかり食べ続ける私はきっと頭がおかしいのです。そもそも人間が不潔だと思いますよって。そういえば初めてお薬を知らない人から受け取った時もコンビニに立ち寄ったなあ。コンビニのトイレでもらったっけ。で、そのまま男の人にのしかかられてそこからの記憶が曖昧です。無理やり薬を腕に打たれて鼻血がでたとこまでは覚えています。目が覚めたときは誰もいなくて私の服が少し乱れてました。あ、そういえば今私のお腹には赤ちゃんがいるんですよ。多分プロデューサーの子ですよ。だって私がプロデューサ―以外の人とそういう事するはずがないじゃないですか。あれ?したことない?初めての相手?いや初めてじゃないですよ。はじめてはお父さんでした。まあいいや、大した問題じゃないですよそんなの。それよりも早くでましょうこんなとこ。と急かして二人でコンビニを出ました。

 とぼとぼ住宅街を歩いていると、平和な毎日に疑問も抱かずにすやすや眠っている人のことを思い浮かべます。私は高台にあるマンションに住んでて住宅街を一望できるのです。同じ空気、同じ舞台を使っているのにどうしてここの住人達と私とではこんなにも違うのでしょうか。そもそも同じというのが間違っていましたね。例えば、ビルから飛び降りた人とそれ以外の人では決定的に違います。どちらとも生きてはいますが片方はもう死んでいます。確実に死んでいますよね。そういう風に決定的に違うんです。

 なんて話をしていると四葉のクローバーを見つけました。綺麗な月明りのおかげで見つけられました。あそこにもクローバーがあります。ほら、あそこにもってあたり一面クローバーだらけです。さあ、プロデューサーさん見て下さい。ちゃんと聞いてますか、プロデューサーさん。とは言ったもののプロデューサーさんなんていなくって私はずっとぬいぐるみに話しかけていました。 いつから私はぬいぐるみなんかをプロデューサーと勘違いしていたのだろう。それにしてもここはどこだろう。一面綺麗なクローバーであふれかえっているのだけれど、と思うとおもむろにぬいぐるみが口を開きます。へえぬいぐるみって喋ることができたんだこれは知らなかったなあ、と一人関心していると、

「…てことでしょう?」

ぬいぐるみは真面目くさった顔で返事を待っているが私はいかんせん自分の世界に夢中で何も聞いてなくって、さて困った、どうしたものなのか──

 

 

 

 

 

 

 目が覚めました。

 なんだかひどい夢を見ていた気がしますが全く思い出せません。

 眠りについたのが二十三時でまだそれから三十分しか経っていないところを見ると、私は全く眠れなかったようです。そのままリビングへ行くとプロデューサーが、いえ、私の夫がテレビを見ながら江戸切子のグラスを傾けていました。いつかのお仕事で私が買ったものです。私は東京のものが好きです。雷おこしとかも大好きです。思うにこれは私が田舎ものだからでしょう。テーブルには四葉のクローバーが花瓶に入って生けてあります。

 私の気配に気がつくと振り返ったので、一人で晩酌をしているんだねと言うと、彼は恥ずかしそうに笑いました。

 寝汗をかいたパジャマを着替え、彼の隣に座ると眠気を飛ばすかのように乱暴にグラスを突き出したので中の氷がカチンと音をたてます。

 飲んでいたのは彼の実家から送られてきた梅酒でした。上品な甘さがありとても美味しかったです。

 「和三盆使っているらしいよ。僕の凝り性な所もやっぱり親に似たのかなあ」

 なんて言ってますがお義母さんはただ暇なだけじゃないのでしょうか。

 「すごい汗だね。寝るときはエアコンつけた方がいいんじゃない?」

 彼は私の脱ぎ捨てたパジャマを拾いながらそう言います。

 だけど私はエアコンをつけて寝ると次の日は体がダルくなるので、あまりそうしたくはないのです。

 「除湿やタイマーにしたらどう?そうしてくれたら僕も助かるよ。暑がりだから君に合わせると寝不足になるんだ」

 それは知らなかった。寝不足になるのは申し訳ない、と私は渋々頷きました。

 「あ、梅酒もう無くなったんだ。ペースが結構早いね。もう一杯飲む?」

  折角だし貴方も付き合ってくれる?

 「いいけど、明日の仕事にこたえたら不味いなあ」

 彼は困ったような笑いを浮かべます。無理強いさせてしまったのでしょうか。でも、梅酒ならあまり酔わないと思います。

 そして私たちは二人で梅酒を飲み交わしました。

 たかが梅酒、といっても焼酎から作っているのでアルコール度数は高い。たかをくくっているうちに飲みすぎてしまい、二人ともフラフラと酔い始めました。

 私が空気がふわふわし、体が軽くなったような気持ちです。彼の頬はすでに朱を帯び、目がタランと下がっています。テーブルのクローバーが気のせいか何枚か増えたように見えました。

 私はふう、と一息つくと彼の身体にもたれかかりました。彼は細い腕で私の肩を抱きます。

 テレビではどこか懐かしい雰囲気を感じる、いつかの西部劇が映っています。

 物語は中盤で彼とふたりで次の展開を予想しますが、どうも頭が働きません。

 画面には精悍な青年である主人公と、それに引けを取らないくらいニヒルな笑みを浮かべた悪役が映っています。どちらか片方が死ぬんだったっけ?

 彼と二人で次はあーだこーだと言いますが全部外れます。記憶というのは本当に便りの無いものです。

 ドラマが終盤に差し掛かる頃、梅酒はなくなってしまいました。

 「ゆっくりと飲もうと思ってたのに、すぐ無くなっちゃった」

 彼は残念そうに言います。

 「仕方ないよ。良いものはすぐなくなっちゃうんだから。またお義母さんに送ってもらえばいいじゃない」

 私がそう言うと、彼はそうだね。と一言優しく笑います。

 「梅酒のお礼、私も言いたいし今度実家に行こっか」

 「そうだね」

 「うん」

 私はそう呟くと彼の胸に顔を埋めます。あたりにはクローバーがぽっと咲き乱れてました。

 「僕たち、幸せだよね」

 私は無言で首を縦にふります。

 「現実でもこんなだったらよかったのにね」

 それはどうなんでしょう?

 テレビではラストシーンになり、真っ赤な空とそこに浮かぶ夕日が映し出されています。

 私は夕日を見るたびにこんなに小さかったのかなあと不思議に思います。子供のころはもうちょっと大きかった気がするんだけど。

 じっと見てると吸い込まれそうになります。このまま太陽に吸い込まれたらどこに行くんでしょうか?

 

 

 

 

 

 空気は澄んでいるのに、周りからは腐敗臭ばかりしています。ここは誰かの内臓の中なのかと錯覚するほどです。

 壁という壁、天井という天井、床という床にクローバーが咲き乱れて部屋を緑に染めています。よくみると所々枯れており、部屋の隅の方は茶色っぽくなっています。

 すごくいい夢を見ているようで私はとても気分がよかったです。でもおかしいなあ、もう薬は使い切った筈なのに。

 クローバーのせいでどこに何があるのかもよくわかりません。恐らくはテーブルであるところのクローバーを乱暴にむしるとおでんのカップが出てきました横には誰かからもらった、汚れたネックレスが置いてあります。

おでんを一口ズズッと吸うと、とてつもなく酸っぱい臭いがしてきたので、とてもじゃないけど飲みこめずに吐き出してしまいました。

 私の味覚が狂ったのかとも思ったけど、きっとおでんの方が悪くなっていたんだと思います。古いおでんだったのかもしれない。日付の感覚なんて当の昔に無くなっているので、いつ買ったかなんて全く思い出せません。ついこの間の様な何日も前の様な。

 とにかく、腐った物を口にしたので食欲がなくなってしまいました。仕方なく私はそこらへんに生えているクローバーをむしって食べます。

 このクローバーだけを食べ続けたらどうなるんだろう?でも他に食べるものもないし買う気もないし。

 相も変わらずやる気が起きないのでとりあえず寝ころびます。最近ではお友達の顔もほとんど思い出せなくなりました。いつものようにぼーっとしていると突然玄関のチャイムがなりました。

 誰かと思うとプロデューサーです。こんな部屋に人を入れるわけにもいかず、失礼だとは思いましたが立ち話で済ませることにしました。

 「智絵里さん…大丈夫ですか?」

 なにが大丈夫なんだろう。私は至って普通なんだけど。

 「ちゃんとご飯を食べてお風呂は入ってますか?」

 ハイ。ご飯は今食べ終わったところです。お風呂は入れません。クローバーで埋め尽くされてるので。

 「クローバー…?」

 プロデューサーは怪訝な顔をします。いけない、不安にさせちゃったかな。一度怪しまれると他にも色々と心配をされます。

 何時に寝ているだとか、よくみると以前よりも痩せているだとか。

 痩せているのは女の子にはうれしい話じゃないですか、と冗談を返すとプロデューサーは微笑みました。

 それから他愛もない話を少しした後、プロデューサーは仕事があるのでもう行くと言いました。

 マンションの入り口まで見送ると、振り返って、

 「皆待ってますよ」

 と言いました。なんだか申し訳ないなあ。私は何もできないっていうのに。

 部屋に戻ると久々に生産的な活動をしようと思いました。まずは洗い物から…と思いましたが、よく見ると虫が数匹動いている食器の山を見ると、一気にやる気がなくなりました。私はもう家事もできないんだ。

 思えば上京した頃は夢があったなあ。これでもそれなりには頑張ってたと思うんだけど。美味しいお菓子を食べて、綺麗な歌を歌って、皆と一緒にはしゃいで。とっても楽しかったなあ。でも、ふと思うのです。皆って誰だったっけ。

 

 

 

 …絵里ちゃん!…智絵里ちゃん!起きて!

 目が覚めました。私は寝てたそうです。よく見ると仮眠室ではなく、事務所で、しかもいつも杏ちゃんが座っているクッションで寝てました。杏ちゃんのウサギのぬいぐるみを枕にしていたとかで、不満そうな顔をされました。

 杏ちゃんごめん!と謝ると杏ちゃんは笑って、いいよと言って、後であめくれたらねと付け足しました。

 思わず笑ってしまうと、それにつられてかなこちゃんも、杏ちゃんも笑いだします。

 ここは何て居心地のいい場所なんでしょうか。

 一緒に笑いあえるともだちがいて、その中に自分がいて。

 三人で笑い合っているとプロデューサーが入ってきて、では、そろそろ帰りましょう。夜も遅いですし三人ともお送りしますと言ってくれました。

 さて、帰ろうかと立ち上がると杏ちゃんが突然叫びだします。

 「杏さん、どうかしましたか!?」

 「大丈夫、杏ちゃん??」

 と二人が言うと

 「だ、だって…そこ…ゴ、ゴキブリが…」

 杏ちゃんが指を指したところを見ると確かに一匹のゴキブリが居ました。

 よく見ると微かに赤いです。何かついているのでしょうか。って、あれ?この光景前にもどこかで見たような?

 「うっ…確かに気持ち悪いけど、もうさっさと帰ろうよ」

 とかなこちゃんが言うとプロデューサーは無言で頷きました。杏ちゃんは怖くて動けないとかで、プロデューサーが背負っていくことになりました。

 「智絵里ちゃんもぼーっとしてないで、さ、帰ろ」

 と言われるがままに立ち上がり一歩踏み出すと、サクッと音がしました。足元を見ると四葉のクローバーが咲いてます。

 室内に植物が生えている現象に疑問を覚えましたが、他の三人は全く気にしてないようなので私もそれに倣いました。

 「明日もお仕事がんばりましょう!」

 とかなこちゃんが元気よく言います。

 うん。明日も頑張ろう。

 誰もいなくなった事務所の電気を消すと、生えてたクローバーも消えてしまいました。

 なんだか少し寂しさを覚えます。私は四葉のクローバーが好きなのです。知ってますか?四葉のクローバーは幸せを呼んでくれるんですよ。なんて思っているといつの間にか三人が居なくなっています。歩くのが早いなあと感心してしまいます。仕方がないので一人で建物を歩きます。誰もいない建物は陰鬱としていてあまり長居はしたくありません。

 歩いていくと、足音がトコトコからサクサクに変わりました。なんだ生えているじゃないですか、四葉のクローバー。それによく見るとさっきのゴキブリもいます。なんだ皆いるんじゃないか。私は一人じゃないや。そう思うとゴキブリが嫌な羽音をたてて飛び立ち、壁にかけてある時計に止まります。

 時刻は午前零時を指しています。私は不思議な息苦しさを覚えました。 

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