東京安全鴉

サーカス

6

 嘔吐の臭いが漂っている。正確には、吐瀉物の臭いだ。気づいたらその臭いに包まれていた。夕食を食べて、何だか眠たくなって、仮眠をとって起きたらこの様。ここ数年嘔吐なんてしていなかったけど、まさか寝てる間に吐くとは。

  周りを見渡しても嘔吐の痕跡はない。焦って服を見てみると、汗で湿ってるのみ。微かに臭う。仕方なく服を変えるが、臭いはとれない。困ったなぁ、なんて呑気に思うが、服ではないならこの身体だ。風呂に入るが、まだ臭いは取れない。風呂上がりの水とは上手いもので、一杯飲むと、胃の空気が喉に上がり、夕食の魚が鼻につく。いよいよ、これはどうしたものか、と悩み果てて、正に生まれ出づる悩み、有島武郎、なんて思って頭をかくと頭皮から臭う。ここまできて、漸く、あぁ、これは僕の鼻か頭が可笑しいのだなと理解できる。諦めて布団に横になると、天井の四隅に目がいく。四隅は暗く、目を凝らすと何だか臭そう。いや、これは僕の鼻が、頭がおかしいのだ、いかれてるのだ。そういえばゴーゴリの作品に鼻が取れる作品があったっけ、題名は確か、鼻。気付くと僕の鼻も取れて何処かへ行ってしまった。ネフスキイ大通りにでも行ったのだろう。また横になり、四隅を見る。すると、四隅の暗闇はどんどん広がり、部屋を覆う。部屋中が暗くなり、もう、何が何だかわからない。すると、僕の身体は次第に暗闇に溶けだす。髪も、手も、全てがどろどろに溶ける。液体とも、個体ともつかない粘度になる。あぁ、そうか、僕自身が吐瀉物だったのだ。そして、この部屋は僕の内臓だったのだ。

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