東京安全鴉

サーカス

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 一日自由な時間が与えられて、よし、やりますよ、今日、僕は成し遂げます、なんて思って、それを実行できない僕は、駄目なのだろうね。休みだからといって、僕がやったことは画家の絵を眺めることだけ、畳に寝転ぶことだけ。僕の頬についた、畳の跡が一日を物語ってる。けれど、この畳の匂いというものが僕は好きで、知人の家にお邪魔した際、フローリングだと、どこか寂しい。家という空間の要は、畳だとすら思う。 

 僕の本棚には島根の美術館で買った横山大観の画集がある。僕は浅学なので、芸術なんて難しい事はよく解らない。当時の僕が、何を思って画集なんて買ったかも覚えてない。日本画は確かに、濃淡だとか、陰影だとか、墨で表現してるのは凄いなぁ、と思うが、やっぱり、西洋画の方が見てて楽しい。それに西洋画家はエピソードにも富んでいる気がする。例えば、ルノワールは女性の胸を描きたくて画家になり、アルブレヒトデューラーは自身のために、兄弟が鉱山で働いた経緯もある。ところで、僕はフィニという画家が好きだ。彼女はラファエル前派の画家で、最期を無人島で数十匹の猫と暮らした。愛猫家の彼女は人に囲まれる事無く最期を過ごした。その、自由な生き方はとても幸福だと思う。フィニの絵を見る度に、僕は彼女の猫の一匹になりたいと願う。自然の中、同じ猫に囲まれ、潮の香りに抱かれ、幸福に過ごす。今日は、猫になりたい一日だった。

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