東京安全鴉

サーカス

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ひとときも休まず呼吸をし続けるのは、熟考するとしんどい、ような気がしたので、たまには自分をいたわろうと、少し呼吸を止めてみたら、ひどい目にあった。苦しくなって、もう生きていけない、という感じになって、ぜえぜえ、はあはあ、と、かえってつらい呼吸をするはめになってしまった。あまりにもわかりきった結末になってしまったので、僕は本当に馬鹿だ、呼吸をするのをやめたって、そうして横隔膜や肺をいたわったところで、全体として何がラクになるっていうのだろね、わはははは、と笑ってみたが、別に楽しくもない、のだけれど、笑ってしまうと、笑い辞めたあとの虚しさが想像できたので、わははは、わははは、とむきになって、さらに笑い続けていたのだけれど、そのうちに、なんだかちょっと本当に楽しくなったような気がしたので、これはすごい発見だ、と思い、世界中の逃れがたい苦しみにくれる全ての人々に伝えたら良いと思った。どうやら、無理にでも笑っていると、ほんのちょっとだけ楽しいよ、と伝えたら良いと思った。そうだ伝えよう。  けれど、外に出ればもう真っ暗で、人通りがない。なんてことだ、世界中の逃れがたい苦しみにくれる人々なんかどこにもいねえじゃん、もう寝てるのだろうかなあ、僕をおいて、僕をとりのこして、世界中の逃れがたい苦しみにくれる人々は、もう眠ってしまったのだろうかなあ、せっかく良いことを教えてやろうとしたのに、眠ってしまったのだろうかなあ、僕はいまおきたばっかりで、やる気、元気、が充実し、何かしてやりたい気分なのに、世界中の逃れがたい苦しみにくれる人々が、どこにもいないんじゃどうしようもない、しかも、おまけに、雨が降っている、傘に穴があいている、僕のセーターが濡れている、そしてたまに車が通りすぎれば、水をはねる、水溜まりには泥がまじり濁った光の帯が微かに揺れる、僕のズボンが濡れている、僕はただ、世界中の逃れがたい苦しみにくれる人々に、ちょっとだけ楽しいことを教えてやろうとしただけなのに、なんということだ。  あまりに絶望的な様子に、僕のやる気、元気はみるみるしぼみ、泣きそうになったので、そうだ、こんなときこそ、僕は無理矢理笑えばよいのだ。そうだ、頭いい! わはははは。って、笑うと、自分の声がビルに反響して、まるで馬鹿みたいに聞こえる。

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