『DOG STAR MAN』に至るまでのスタン・ブラッケージの変遷について

The Art of Vision Stan Brakhage, 16mm, 1961-1965, 250 mins
はじめに
スタン・ブラッケージの作品は抒情的である。氏の創造する抒情は私性を軸としており、世界をそのままに享受し解釈する現在性とは些かのズレがある。ブラッケージのスタイルは常に動的であり、氏の定義する「視覚」は眼を開いた時に見えるものに限らず、眼を閉じたときに幻視する抽象的な形、記憶、夢までを包括している。故に、氏は湾曲レンズを用いたり、フィルムそのものに傷をつけるなど、マテリアルへのアプローチを実践しながら、新しい表現形式を模索しつつ私性を拡大する。
ブラッケージは、表現とは「自然をどう解釈するか」ではなく「自然を“私が”どう解釈するか」という点に自覚的である。その自覚は世界を一度、内向的な領域に手繰り寄せる強引さを映像にもたらし、その上で解き放つカタルシス、つまり外向性をももたらす。指向性の相克それ自体の耐久が試され、イメージが臨界に達しては再生する私性の絶え間ない運動が現れる。
ブラッケージの基本的なスタイル、ハンドカメラを躍動的に動かし、湾曲と素早いカッティングによって対象を変更するやり方は、映像の視覚的効果と言語的分析の可能性、また制作する際の再現性に引きずられ「何が映っているか」に着目しがちだが「どのくらいの時間映しているのか」についてはあまり言及が見受けられない。というのも、具体的な秒数がもたらす映像効果については、言語的分析による厳密な説明が困難であり、時間の問題を「短い・早い」と単純化し、速度の問題へとすり替える方が時に建設的だからである。重要なことは、ブラッケージ固有のリズムと、それから成る映像全体により鑑賞者に与える体験である。本稿は、ブラッケージによる「思考する映像」を分析し、その果てに私が映像での思考を可能にすることを第一の目的としている。
続きを読む追悼のざわめき/松井良彦(1988)
数年に一度、「いまだな」と思ったとき見返す作品。私の邦画ベスト1です。
Chime/黒沢清(2024)
悪意やそれを感じさせる出来事を観客は映画という構造のなか連続性をもって捉えてしまうが、その連続性の担保のされ方と主人公の発狂の仕方は時として類似性がある。


